カティーサーク 紅茶レースの名残を残した船

カティーサーク 紅茶レース

グリニッジ標準時で有名なグリニッジ天文台があることで有名なイギリス・ロンドンのグリニッジですが、そのグリニッジには「カティーサーク」という船が保存され展示されており、入場料を払えば、実際にいろいろと見ることができます。

1.カティーサークとは

カティーサークは、1869年にスコットランドで造船されたイギリス(英国)の船です。当時中国から紅茶をイギリスに運ぶために作られた「ティークリッパー」という船のひとつでした。カティーサーク「Cutty Sark」という名前は、本来はスコットランド英語で「Cutty=短い、Sark=スリップ(シュミーズとも呼ばれる)」の意味で、スコットランド出身の詩人ロバート・バーンズが書いた「タモシャンター」という詩の中に登場する魔女が着ていた女性用のスリップから名付けられました。カティーサークが造船された当時はティークリッパーの最盛期は既に終わりつつあり、カティーサークはその後ポルトガルへ売られたりするなど様々な経路を辿った末、最終的にロンドングリニッジに保存されることが決まりました。

2.「ティークリッパー」だったカティーサーク

「Clipper=クリッパー」とは昔あった高速の大型帆船のことです。当時の船はまだ帆船が主流でした。その中でも高速で大型な船が「クリッパー」でした。「ティークリッパー」はその中でも特に紅茶を運ぶクリッパーの名称でした。「カティーサーク」ができたころ、時代は徐々に蒸気船へと向かっていました。カティーサークができた同じ年の1869年にスエズ運河・・・風があまりなくマストを張った帆船では通るのが難しい新しい経路が開通したことから、風に影響を受ける帆船よりも蒸気船が好まれるようになったためです。アフリカ大陸のまわりをぐるっとまわって通るそれまでの経路よりも早くヨーロッパへ到達することができる画期的なスエズ運河の開通により、結果的に、帆船であるティークリッパーはだんだんと姿を消すようになります。

3.ティーレースとカティーサーク

東インド会社が独占していた紅茶貿易が自由化され、仕入れた早摘みの紅茶を一番早くイギリスで売ることができる会社が有利になりました。その結果、中国からイギリスへ紅茶を運ぶティーレースが激化しました。会社のオーナーたちが自分たちの会社の船乗りたちのティーレースに報奨金をつけたことから、船乗りたちのプライドをかけてレースは白熱しました。カティーサークもティーレースに参加した船です。このティーレースもスエズ運河の開通と共に終焉を迎えます。

その後カティーサークは、オーストラリアから羊毛を運ぶ船になったり、ポルトガルへ売られ一時名前を変えられてしまったりと色々な経緯をたどります。

人々の関心の中心に紅茶があった時代。

そんな時を経て広まった紅茶。今は身近なものですが、イギリスへ行く機会があれば、単に美味しい紅茶を味わうだけではなく、紅茶の歴史を感じるためにカティーサークもぜひ見ておきたいですね。

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