滋賀の観光地「彦根城」の人気の散策ポイント5選

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彦根城について

彦根城は、桜田門外の変で有名な大老井伊直弼を出した譜代大名:井伊家14代の居城です。標高50メートルの金亀山(こんきやま)に城は築かれており、別名金亀城と呼ばれることもあります。

明治に入り廃城令による取り潰しを逃れ、天守閣や附櫓(つけやぐら)及び多聞櫓(たもんやぐら)などが残され、国宝に指定されています。その他にも安土桃山時代の櫓や門、馬屋など5棟が残されており、国の重要文化財に指定されています。戦国時代の遺構を残した貴重な建造物として高く評価されています。

彦根城の歴史

西暦1600年、徳川の四天王として名を馳せた井伊直政は、その功績により現在の彦根に18万石の領地を与えられました。もともとはこの土地は石田三成の佐和山城が治めていた領土でしたが、直政は石田三成の居城を嫌い、湖岸に近い彦根に城を築こうとしましたが、関ヶ原の合戦で追った傷が治ることなく亡くなってしまいます。

その後、直政の家臣である木俣守勝が徳川家康と相談して直政の遺志を引き継ぎ彦根城を築城に取り掛かります。約20年にわたる大工事の末、1622年(元和8年)彦根城が完成しました。その後も井伊家は加増を重ねて譜代大名の中では最大の35万石の大名になります。

明治に入り、全国の名城が次々に取り壊されてゆく中、明治天皇が巡幸で彦根を通過した際に「この城は壊さないで保存するように」と城の保存を命じたために取り壊しを免れることができました。

国宝や重要文化財に指定されている彦根城

彦根城はその多くの部分が他の城から移築されたもので、これは縁起担ぎの意味合いやコスト削減のために当時はほとんどの城で行われてきたものです。

天守は京極高次が城主を務めた大津城から移築され、佐和山城からは佐和口多門櫓と太鼓櫓門が移築されました。また小谷城からは西ノ丸三重櫓が移築され、観音寺城からは太鼓門などが移築されています。

・天守と附櫓(国宝)

・太鼓門(背面)(重要文化財)

・太鼓門及び続櫓(重要文化財)

・天守東面

・西の丸三重櫓(重要文化財)

・天秤櫓(重要文化財

・廊下橋

・二の丸佐和口多聞櫓(重要文化財)

・二の丸佐和口多聞櫓と堀

・馬屋(重要文化財

・城郭復元模型(裏面)

・馬屋内部

彦根城周辺の城跡

彦根城の周辺には、彦根城から東に1kmの地点に石田三成の居城であった佐和山城跡があります。また少し南に行った近江八幡市には織田信長の居城だった奇城:安土城跡があります。現在は城の遺構として石垣の跡がかろうじて残る程度です。

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