奈良の人気観光地!石舞台古墳をめぐる明日香の旅

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石舞台古墳について

石舞台古墳は、御破裂山の山麓に広がる丘陵地帯にあります。御破裂山の山頂には大化の改新の立役者でもある中臣鎌足(後の藤原鎌足)の墓があり、国に何か災いが起きる際には御破裂山が鳴動するという言い伝えがあります。

石舞台古墳の石組みに使われている石は花崗岩で、総重量は2,300トンにもなります。石舞台古墳を含めて周辺には数々の謎めいた巨石が点在しており、古代の壮大なロマンを彷彿とさせる人気の観光スポットとなっています。

もっとも有力視されているのが蘇我馬子の墓ではないかというもので、「古事記」には、「大臣薨せぬ。仍りて桃原墓に葬る」と記されており、この大臣とは当時の、敏達天皇や用明天皇、崇峻天皇、推古天皇の4代に仕えた大臣蘇我馬子であると考えられ、石舞台古墳の「蘇我馬子の墓説」が有力視されている理由になっています。

石舞台と大化の改新

石舞台古墳へは、近鉄吉野線飛鳥駅から東へゆるやかな御破裂山へ続く丘陵地を登ります。少し歩いたら、穏やかなこんもりとした丘が見えてきますが、この丘に有名な高松塚古墳やキトラ古墳が並んであります。ここは飛鳥歴史公園として整備されており、公園をさらに北へ迂回して下った川沿いに明日香村川原の巨岩、亀石があります。亀の形をした謎の多い巨石です。明日香村の巨石群のなかでもっともミステリアスな巨岩で、明日香村のシンボルになっています。

さらに御破裂山(ごはれつざん)へ向かって川沿いを歩くと、御破裂山の麓に広がる丘陵地帯に大きく横たわる巨岩・石舞台古墳が見えてきます。大和政権で権勢をふるった蘇我馬子の墓と伝えられていますが、謎に包まれたまま悠久の時代の流れに横たわっています。

石舞台古墳をじっくり味わったらまた来た道を引き返して、今度は途中の明日香村観光会館から北の進路を変え、甘樫丘の方向を目指します。少し行くと皇極天皇が住んだとされる皇居跡・飛鳥板蓋宮跡があります。かつて蘇我入鹿が暗殺された大化の改新の舞台となった屋敷跡です。

さらに北へ歩くと蘇我氏の氏寺・飛鳥寺があります。飛鳥寺をこえて少し歩くと飛鳥川が流れており、右岸と左岸に分かれてしばしは物部氏と蘇我氏が争いを起こした場所として歴史に登場する場所です。大野丘の北の塔、石川の宅の仏殿や宅の東の仏殿などの遺跡が現在も残されています。

飛鳥川から少し歩き、左側にゆるやかに広がる丘が蘇我蝦夷と入鹿親子の邸宅跡とされる甘樫丘です。丘の頂上からはかつての藤原京の全景が見渡せます。御破裂山から広がるゆるやかな丘陵地に石舞台古墳も遠望できます。ここからは橿原の街を抜けて近鉄橿原神宮前駅に出るとさまざまな交通機関にアクセスできます。

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