移民とコーヒー栽培

移民

コーヒー産出国でも、インドやインドネシアなど人口の多い国では、労働力は足りています。しかし、ブラジルなど国土は広くて労働力が不足している場合は、植民者に頼ることになりますが、ブラジルには多くの日本人の入植者が働いていました。

ブラジルへ移民――コーヒー農園

明治時代になると、ブラジルへ移民する人が増えました。1つには、主な輸出産業であるコーヒー園の労働を担うのはアフリカから連れてきた奴隷でしたが、ブラジルは政策として、奴隷解放令後の労働者として他国からの入植者を求めていました。

ブラジルの要請に日本政府は、移民の募集をしましたが、応募したのは日本の貧しい農家の人たちでした。移民の要件として家族同伴がありました。ブラジル側が求めていたのは、すぐに帰国するかもしれない単身の出稼移民ではなく耕地に長く定着してくれる移民でした。そのため、偽のカップルで応募した組もあったそうです。

夢を描いて入植しますが、異国の熱帯の地で、コーヒー農園で奴隷のごとくこき使われることも、また土地を得てコーヒー農園を開拓することも厳しく辛い日々でした。

しかし、ブラジルの地でも、コーヒー産業を支え続けたのは、日本人の移民であり、現在の日系ブラジル人です。ブラジルは、産出量が世界1位を誇るコーヒー大国です。銘柄「サントス」は、積出港の名に由来していますが、味のバランスがよく、ブレンドに多く使われます。

長く辛い、最初の入植者たち

ブラジルに日本人が入植して、すでに100年以上が過ぎています。現在のブラジル日系人の中には、コーヒー産業だけでなく各方面で活躍する人も多くなりました。

このブラジルに根付いている1つに、俳句という「五・七・五の短詩」があります。次の3句は、初期の頃の移民で、日本でも有名なブラジルの俳人の作品です。短さのために、心を切り替えて遊ぶことができ、17文字が心の癒しとなる場合もあったようです。

移民船に生まれし子なり卒業す  宮坂幾別春

雷や四方の樹海の子雷  佐藤念腹

うららかや珈琲畑の大起伏  木村圭石 

ハワイへ移民――コナコーヒー

19世紀の中頃から、ハワイ島のコナ地区でコーヒー栽培が盛んになっていました。まだハワイ王国であった時代に、ブラジルから苗を持ち込んだことがきっかけです。ハワイ島には火山があり、水はけのよいミネラルを含んだ土壌、昼夜の寒暖差、適度な降雨量や雨季と乾季のある気候風土というコーヒー栽培に適した条件のコナの地に、大規模なコーヒー農園が作られました。

19世紀後半、働き口を求めた日本人はハワイ島にも集団移民として入植し、サトウキビプランテーションでは過酷な労働に耐えて働き続けましたが、やがて独立してコーヒー農園を始めるようになります。

20世紀初頭には、ハワイ島コナ地区のコーヒーはほとんど日系移民の手によって栽培されるようになり、コーヒーを通して、日本人と深いつながりのある土地になっていきました。

ハワイ王国はアメリカ合衆国に併合され、第二次世界大戦後に50番目の州として、名実ともにアメリカ合衆国になりました。コナ地方のコーヒーは、いまではアメリカ産の「ハワイ コナ」という銘柄で、柑橘系の酸味と滑らかな口当たりの、高品質コーヒーとして世界中の人に愛飲されています。

まとめ

このように、ブラジルやアメリカ合衆国のハワイにおけるコーヒー輸出産業に、日本人の移民が大きく貢献していたことは、あまり知られていませんでした。

コーヒーの種や苗木が世界を巡ったように、人もまた移民として世界中にいてその国を支えていることを思いながらの1杯のコーヒーの味は格別かもしれません。

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