日本にコーヒーがやって来たのはいつころか

今や日本人の生活に欠かせなくなったコーヒー。いつ日本に伝えられたのでしょうか。その正確な年代はわかっていません。

日本ではじめてコーヒーに関する記述が見られるのは、1724年に書かれた「和蘭問答」のなかの「唐茶」だとされています。これは蘭学者の杉田玄白と医者の書簡集で、内容は西洋の食事に関するものでしたから、唐茶は唐、中国の茶ではなく、西洋の茶、コーヒーのことだと推測されています。

当時は鎖国の時代で、西洋に開かれた窓は長崎の出島しかありませんでした。出島で交易を許されていた西洋の国はオランダだけでしたから、オランダのコーヒーを指したものでしょう。

ヨーロッパでコーヒーの取引が始まったのは1615年ですが、アジアとの交易を独占していたのがオランダの「東インド会社」です。東インド会社は1600年代の末にジャワ島でコーヒーの栽培をはじめ、1700年代の初めに商品化しています。

この頃にはオランダではコーヒーを飲む習慣が始まっていますから、長崎の出島に運ばれたのもジャワ産のコーヒーでしょう。そのコーヒーを飲むことができた日本人はというと、出島に出入りができた幕府の役人、商人、遊女といった限られた人間たちです。

日本人がコーヒーを飲んだもっとも古い記録が残されているのは1804年です。江戸時代を代表する文人のひとり、大田南畝が「カウヒイといふものを勧すむ(すすむ)、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を加え和したるものなり、焦げくさくて味ふるに堪えず」と記しています。

大田南畝は1804年に長崎奉行所に赴任していますから、出島に入ってさっそくオランダ人からコーヒーをすすめられて体験したということになります。それ以前に長崎の遊女がオランダ人からコーヒーを送られたという記録がありますから、大田南畝がコーヒーを飲んだはじめての日本人ということではありません。

遠山の金さん、こと遠山金四郎景元がコーヒーのファンだったという説があります。遠山金四郎の父親が長崎奉行だったことがあり、その父親経由でコーヒーを入手したのではないかとされています。しかしこの話には裏付けされる資料はありません。

その時代のコーヒーは、ヨーロッパでも高価な贅沢品でした。出島のオランダ人が、長崎奉行だった遠山金四郎の父親や、役人だった大田南畝にふるまうのは考えられますが、その貴重品が江戸まで運ばれたかどうかは疑問です。大田南畝の記述に限らず、江戸時代までは日本人がコーヒーと出会った記録は、長崎出島での体験に限られています。

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