シャンソン喫茶からインターネット喫茶まで、百花繚乱、戦後の喫茶店

戦後喫茶店 銀座のジャズ喫茶ACB

戦争が終わって、コーヒー豆の鵜入が再開されたのは、昭和25年(1950年)になってからです。それまでは炒った大豆を使った「代用コーヒー」を出す店もありました。アメリカ軍から放出されたコーヒーもありましたが、横流しされたコーヒーもあって、それらは「GIコーヒー」と呼ばれていました。

コーヒー豆の輸入がはじまると、雨後の筍のように喫茶店が登場します。ほとんどが個人経営で、小資本で開業できる喫茶店は、まだ経済が混乱する日本で「開業もしやすければ廃業もしやすい」商売として人気がありました。当時は輸入されたコーヒーの90パーセントが喫茶店で消費されています。

喫茶店の全盛期は昭和40年から昭和60年代にかけて、高度経済期と時代が重なります。喫茶店が飽和状態になると、様々に分化していきました。

●音楽喫茶 ジャズ喫茶、クラシック喫茶、シャンソン喫茶、ラテン喫茶など がありました。コーヒーを楽しむよりも音楽を聴くのが目的で、コーヒー1 杯で1時間、2時間、席を占領するのがあたりまえでした。これらの店が登 場した昭和20年代、30年代は家庭にAV機器は普及せず、住宅事情も粗末な ものでした。じっくり音楽を聴くには、音楽喫茶に行くしかなかったので  す。

昭和26年(1951年)に開業した銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」(ぎんぱ  り)は日本のシャンソンの中心でした。ここで歌ってはじめて一人前のシャ ンソン歌手として認められました。美輪明宏がデビューしたのがこの店で  す。

昭和32年(1957年)に開業した銀座のジャズ喫茶「ACB」(あしべ)は300 席の大型の店でした。今でいうライブも行われています。ジャズ喫茶を名  乗っていましたが、主に演奏されたのは、当時の最先端の音楽だったロカビ リーでした。人気ミュージシャンの平尾昌晃、ミッキー・カーチスたちが出 演し、日本のポップミュージックの歴史に大きな足跡を残しています。

●深夜喫茶 1960年代の末から大都市の盛り場に登場しています。酒を飲んで 電車の始発まで時間を過ごすために利用されましたが、コーヒー1杯に加え てサンドイッチなどの軽食を注文するのが条件でした。

●同伴喫茶 やはり60年代の末に登場しています。半個室のカップル用の席が 並ぶという構造で、のちに登場するノーパン喫茶など風俗喫茶の先駆けでし た。

●漫画喫茶 名古屋にあった「ザ・マガジン」が元祖と言われています。食事か ら、シャワー、宿泊まで日常生活がこの一軒ですべて可能だという意味で、 深夜喫茶の発展型とも言えます。のちにインターネット喫茶に発展して現在 に至ります。

日本の喫茶店は町の風俗の一部として、時代に応じて変化してきました。同時にコーヒーの味を真剣に求める続ける喫茶店も数多くあり、今も残っています。日本のコーヒー文化の中心にあったのは、やはり喫茶店でした。

 

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