コーヒーハウス・カフェ・喫茶店

エチオピアに起源をもつコーヒーはアラビア半島のイスラム教徒に伝わり、アラビアで秘薬のようにして栽培され、飲まれ、コーヒー文化の序章を築き上げました。そして17世紀になって、アラビアからヨーロッパへコーヒー文化は伝播されていきます。

コーヒーハウスは、すでにイスラム巡礼の聖地メッカに、出店のような形で生まれていました。しかし、コーヒーハウスが文化として隆盛したのは、17世紀のイギリスの地にコーヒーが持ち込まれて以降のことです。

ヨーロッパと日本のコーヒー文化の始まりを見ていきます。

コーヒーハウス文化――ヨーロッパ

イギリスの最初のコーヒーハウスは、1965年、レバノン生まれのヤコブ(ジェイコブ)がオックスフォードの地に「ヤコブの店(または、ジェイコブス)」を作ったのが始まりです。

2年後の1967年、トルコの貿易商がロンドンの地にコーヒーハウス「コーヒー・テント」を作りました。当時のコーヒーハウスは、1杯が1ペニーという安さで、しかも入場料として支払うのですから、何時間でも過ごすことができました。新聞や雑誌も常備されて自由に読むことができましので、多くの人々の情報の場でもあり絶好の社交の場でもありました。別名「ペニーハウス」とも呼ばれたといいます。

フランスのコーヒーハウス(カフェ)で有名な店は、1686年、シチリア島出身の人がパリに創業した「カフェ・プロコブ」です。ここは大学や映画館や書店やブティックなどに囲まれたパリの中心街にあります。古い時代の公衆浴場を大改築して、シャンデリアや大理石のテーブル、イタリアの調度品など豪壮なカフェで、現代もレストランとして続いています。

店の豪華さもありますが、このカフェが有名なのは、フランス革命を初めとして、さまざまの思想の源泉となった世界最古の文学・哲学カフェと呼ばれる、フランス近代史を担ってきたカフェだったからです。

日本の喫茶店文化――水野龍とカフェ・パウリスタ

鎖国が解かれた江戸時代末期からコーヒーの舞台は、長崎の出島ではなく、大型船で次々に多くの国の人たちがやってくる横浜に移りました。

明治時代になると、銀座が舞台となります。日本初のコーヒーハウスは、1911(明治44)年に画家の松山省三が、パリのカフェを真似て文人や画家や俳優たちが芸術談義のできる場として開業した銀座の「カフェ・プランタン」です。

しかし、日本にコーヒーを飲む習慣を根付かせ、喫茶店の原型を作ったのは水野龍だといわれています。水野は、明治時代にブラジル移民事業に貢献した人で、ブラジル邦人コーヒー農園開拓の大恩人といわれています。

水野はブラジルコーヒーを日本に普及させるために、1910年、大熊重信の協力を得て「カフェ・パウリスタ」を設立し、翌年の1911年(明治44)には、日本の銀座に「カフェ・パウリスタ」1号店をオープンし、各地に20店舗もの支店を展開しました。

コーヒー豆はブラジル政府から無償で提供されたことで、1杯の値段は5銭と格安で、誰もが気軽に入ってブラジルコーヒーが飲める庶民的な店は、喫茶店の元祖といわれています。

まとめ

エチオピアでコーヒーノキが発見され、世界中の国々に、コーヒーとコーヒー文化は伝播していきましたが、イスラム教の聖地メッカにも、ヨーロッパの国々でも、時代によってコーヒーハウスの形の変遷も、飲む人たちの変遷もありました。

コーヒーは誰もが気軽に飲むことができますが、同時に、抽出のゆたかな時間を楽しみ、会話を楽しみ、一人の時間を楽しむコーヒー文化も育ってきています。

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