コーヒーの生産地 中南米エリア

中南米

エチオピアで発見されたコーヒーノキが、16世紀になってヨーロッパに入りました。世界の情勢は大航海時代を経て植民地主義の時代で、当時のヨーロッパのイギリス、オランダ、スペイン、ポルトガルなどの列強が、まずアメリカ大陸へ乗り出していきます。現在のコーヒー大国ブラジルを統治することになったのはポルトガルでした。

世界一のコーヒー大国ブラジル

しかし、コーヒーの種がブラジルに入ってきたのはポルトガル経由ではなくフランス経由でした。フランス領とオランダ領に分かれていた中南米のギアナで、1727年に起こった紛争の仲裁に立ったのがポルトガル植民地のブラジルでした。

その時のブラジルの使節がフランス代理総督夫人と恋仲となり、やがて紛争の仲裁が終わって別れる際に、託されたのがコーヒーノキの種であったということですが、情熱の国ブラジルらしいコーヒー伝播の伝説です。

その後、フランシスコ修道会の修道士によって、リオデジャネイロの修道院の庭に種子が植えられた記録が残されているそうですが、ブラジルがコーヒー栽培に本格的に取り組むのは、1808年にブラジルがポルトガルから正式に独立した後になります。

ブラジルの東南に位置するリオデジャネイロ州、ミナスジェライス州、サンパウロ州で本格的な栽培が始まりました。

 コーヒー農園の歴史

コーヒー農園の労働者は、最初はアフリカから連れてきた黒人の奴隷たちでした。巨大なプランテーションは奴隷制度によって支えられていましたが、1888年にブラジルの奴隷制度が廃止されると、農園労働者は、賃金の安いヨーロッパの移民に頼ることになります。しかし、奴隷と変わらない過酷な待遇から、ヨーロッパの移民は中止されます。

この後に移民としてブラジルに入植した中に、日本人がいました。やはり過酷な労働事情だったので最初の契約先から逃げ出す人も多かったといいます。成功した中には、自分たちのコーヒー農園を作った人もありました。

こうしてコーヒー農園の担い手の変遷はありましたが、ブラジルのコーヒー生産量は、ずっと世界一を保っています。

中南米、カリブ海ジャマイカ島

コロンビアは、南米の入り口に位置する国です。南米の西側を縦断するアンデス山脈があり、気候、地形、降雨量、土壌という4つの条件を兼ね備えた高地でコロンビアコーヒーは栽培されています。コーヒー栽培は後発国ですが、高品質を目指しています。狭い山肌に広がる小規模農法ですから、大規模で機械化された農法ではなく、コーヒーの実の収穫も手摘みになり、赤い良い実を摘むので、程よい酸味とキレ、特徴的な力強いコクのある良質の豆を収穫することになります。

グアテマラは、中米のメキシコの南側にあり、太平洋とカリブ海に面しています。国土の70%が山岳地帯で、コーヒー栽培に恵まれた栽培条件のもとで、最高水準の豆が収穫されます。1770年にスペインの修道士によってコーヒーの種がもたらされ、現在は中米有数のコーヒー生産国です。

ジャマイカは、カリブ海にある島国です。国土の90%がブルーマウンテン山地で、コーヒーブルーマウンテンは、その山麓で栽培されています。恵まれた栽培条件のもとで、手摘みの豆は高品質で、とくに日本人はこの銘柄を好んでいます。

まとめ

この中南米地域には、コーヒーノキが元々あったわけではありません。未知の世界を求めてアメリカ大陸を見つけた大航海時代があり、その後の植民地政主義時代の中で、ヨーロッパの列強が植民地を求めてやってきました。エチオピアで発見されたコーヒーノキは、豆を煮出して飲む方法を見つけ、その美味しさと薬功に気づいて、ヨーロッパへもたらされました。

オランダやフランスの植物園で豆を植え、苗木に育てました、その苗木を自国の植民地へ持ち込んで栽培し、コーヒーを熱心に広めようとした人たちがいたことがわかりました。1杯のコーヒーには、歴史と物語が詰まっていました。

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