アメリカ合衆国とコーヒー

アメリカ人とコーヒーというと、まず浮かんでくるのが、コーヒーを横に置いて忙しげに働いているビジネスマンたちです。その場合、コーヒーは頭を常に覚醒させておく仕掛けのようなものです。

西部劇の映画でも戦争映画でも、仕事の休憩時間には、大きなコーヒーポットから注いでいる人たちがいます。コーヒーには、元気を回復させる力があります。

イギリスから入ってきた

イギリス、オランダ、フランス、ロシアなどのヨーロッパの列強は、大西洋を越えて、現在のニューヨーク州を含む大西洋岸一帯を植民地化しました。また、1620年には、イギリスのピューリタン(清教徒)の一団が新天地を求めて、メイフラワー号に乗ってアメリカ東海岸のマサチューセッツ州のプリマスに入植しました。

アメリカ合衆国のコーヒーは、このような歴史を持つ17世紀の中頃に、イギリスやオランダからの入植者によって持ち込まれたと考えられています。そして、アメリカのボストンに最初のコーヒーハウスができました。

しかし、同じ時期に持ち込まれ安価に入手できたという理由から、紅茶の方が、家庭では好んで飲まれていました。

ボストン茶会事件とは

1773年12月16日、マサチューセッツ植民地で起こったのが「ボストン茶会事件」でした。「茶会」を「ティーパーティー」と直訳すると、この事件の意味は違ってきますが、「パーティー」は「党」のことです。

この頃は、イギリスもフランスもオランダも、アメリカ植民地を奪い合う戦争をしていました。イギリスは、戦争の費用を、印紙法など法律を作って植民地へ重税をかけて賄おうとしました。植民地側は怒りだし、ある晩、ボストン沖に停泊しているイギリス東インド会社の貨物船を市民が襲い、紅茶の積み荷を海に投げ込んでしまいました。

この事件を「ボストン茶会事件」といいます。

この事件の後、イギリスとの間で独立戦争が起こり、1776年に独立して、正式に「アメリカ合衆国」となります。

紅茶の恨みも理由の一つかもしれませんが、その後のアメリカは、紅茶よりもコーヒーが好まれるようになったといいます。

アメリカン・コーヒー

アメリカ人が薄い味を好むのは、一つには、これまで何杯も飲んでいた紅茶の代わりに飲むようになったからとも言われます。薄いコーヒーは紅茶に似ています。1773年に起きたボストン茶会事件を境に、イギリスからの紅茶の輸入が激減して、家庭では高価な紅茶を飲むことができなくなっていました。

さらに、薄い色のコーヒーは、焙煎を浅くしているからであり、焙煎を浅くするとカフェインが多く残りますが、独特な味の「アメリカン」と呼ばれるコーヒーは、アメリカ人の好みの味なのです。カフェインの量が、忙しい仕事、労働仕事の合間に飲むのに適しているからとも言われます。根強い人気があります。

日本の喫茶店でも、「ブレンド」と並んで「アメリカン」と、大抵の場合、メニューにあります。

まとめ

広いアメリカ本土にはコーヒー栽培に適した気候風土の地はありませんが、ハワイ島のコナがアメリカ合衆国のコーヒー生産地として有名です。火山地帯で水はけのよう土壌、亜熱帯でありながら高地の低い気温、昼夜の温度差、降雨量、雨季と乾季があることなど栽培に適しています。

アメリカ合衆国で生まれた「アメリカン」は、まさに、西部開拓史のあるアメリカの歴史そのもののようです。

通信教育講座の諒設計アーキテクトラーニングTopへ
資格・検定の一覧

人気の通信教育はこちら

未経験から目指す。コーヒーのスペシャリスト。
カフェ資格

カフェ・コーヒー
W資格取得講座

入学金無料 分割払い可能 初心者OK 安心の受講期間 質疑無制限 カリキュラム自由設定

カフェ珈琲資料 カフェコーヒー

本格的な紅茶を、楽しみながら学べる。
紅茶資格

紅茶・tea
W資格取得講座

入学金無料 分割払い可能 初心者OK 安心の受講期間 質疑無制限 カリキュラム自由設定

紅茶資料 紅茶

少しでも気になったら… 無料資料請求!!
人気の通信教育
更に今ならっ!!
資料請求された方全員に
通信講座徹底ガイド本
もれなくプレゼント!!
通信講座の資料
通信教育講座の諒設計アーキテクトラーニングTopへ